2015年12月

 

1861年にポンペが創立した養生所。貧しい人々を無料で診療し、侍や町人、日本人や外国人の区別を一切しなかったといいます。

長崎市立佐古小学校(長崎市西小島1丁目)の工事中に発掘された養生所の遺構。

長大と感染症とのたたかい

 このコラムでは、長崎大学が感染症とたたかってきた歴史や現在の取り組みを分かりやすく紹介します。

長崎と感染症とのかかわりは江戸時代にさかのぼります。その時代、長崎は日本で唯一世界に開かれた窓であったことから、コレラや天然痘、重症の風邪など、日本にはもともとなかった外国からの感染症は、まず長崎で流行が始まり、日本中に拡がりました。一方で、これら感染症を予防したり治療したりするための西洋医学の最新技術も長 崎から日本中に普及しました。

長崎大学の創基は、1857年(安政4年)11月12日に設置された医学伝習所です。ここでオランダの軍医、ポンペ・ファン・メールデルフォールトにより、幕府医官の松本良順をはじめとする12名に対して、オランダ語による医学講義が始まりました。1861年には、長崎港を見下ろす小島の丘に124床を持つ養生所が開設され、国内初の近代的な医学教育病院になりました。これが長崎大学病院の起源です。

1942年には東亜風土病研究所を設置、本格的に感染症に関する研究を開始し、風土病とのたたかいが始まりました。そして、行政と連携した医学者たちの献身的努力によって1960年代までには、長崎県をはじめ、日本中の寄生虫病はほぼ制圧されました。

このように、長崎大学では創基以来、感染症とのたたかいを続けてきました。現在は、病院の各診療科で感染症を診療し、市民の皆さまの病気の治療と健康の維持に貢献しています。感染症を診療している診療科には、熱研内科(輸入感染症の治療、HIV診療、旅行(渡航)外来など)、呼吸器内科(肺炎、気管支炎、臓器移植や骨髄移植後の感染症など)、 小児科(神経、呼吸器、循環器、消化器などすべての臓器)、皮膚科(表在性真菌症、細菌感染症、ウイルス感染症など)、泌尿器科(尿路感染症、性感染症など)などがあります。

また、感染制御教育センターも設置されており、院内感染の防止はもとより、地域全体の感染症についても情報を集め、対策を立てています。こうした地道な活動は、長崎県全体における感染症のまん延防止に重要です。

さらに、1967年に風土病研究所から改称した熱帯医学研究所では、ケニアとベトナムの海外教育研究拠点でのマラリア、住血吸虫症、トリパノソーマ症、コレラ、デング熱、黄熱、小児の呼吸器感染症や下痢症などについて、現地の研究者らと協力して幅広い研究を展開してきました。それらの研究は、国内外で成果をあげ、多数の命を救ってきました。

このコラムでは、これらの感染症に対する長崎大学の取り組みを紹介していきます。

 

この内容は、感染症ニュース 創刊準備号(2015年12月発行)に掲載しています。