2016年1月


第二内科名誉教授の河野茂理事

全国に37人の教授を輩出した “感染症診療のメッカ”

 日本では肺炎で年間約12万人が死亡しており、死因別の統計では2011年に脳血管疾患を抜き、がん、心臓病に次ぐ第3位になっています。ありふれた疾患ですが、体力の衰えた高齢者にとっては命にかかわる病気です。この肺炎をはじめとする呼吸器の感染症の診断と治療、予防に取り組んでいるのが、長崎大学病院呼吸器内科です。

90年以上の歴史を持つ第二内科
1980年代から呼吸器感染症に注力

 呼吸器内科は病院の診療科の名前で、大学病院の第二内科学教室が診療を担当しています。第二内科は1923年(大正12年)に開講された歴史ある教室です。

 1950年以前は、呼吸器感染症で最も多い病気は結核でした。日本人の死因のトップで、当時の患者数は年間60万人以上、死亡者数も年間10万人を超え、国民の脅威でした。その後、有効な治療薬が開発されて薬で治せる病気になり、さらに早期発見・隔離や健診などの総合的な対策によって患者数は激減しました。

 結核以外の呼吸器感染症に対しても、1980年代には新しい抗菌薬が次々と開発され、感染症を制圧したと考えられた時期もありましたが、最近は新しい治療薬の開発も滞っています。そのようななか、第二内科では、呼吸器感染症の診療と研究、教育にも引き続き力を入れてきました。第二内科の河野茂名誉教授(現長崎大学理事・副学長)は「1974年から96年まで教室を率いた原耕平教授が、感染症診療の重要性を強調し、それを私も引き継いできた」と振り返ります。

 近年、抗菌薬の使用に伴って薬に対する抵抗力を持つ耐性菌が現れるようになり、これが病院内での感染などの原因となって問題視されています。河野理事は「80年代にMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が現れ、感染症対策に対する考え方は大きく変わった。抗菌薬で治療するだけでなく、病原体の感染を広げない『感染制御』という考え方も重要になった」と話します。

時代のニーズに合う人材を育成
長崎県の感染の診療支える

 そこで第二内科では、耐性菌を生まないための抗菌薬の適正な使い方や、病院内の清潔な環境を維持するための教育に力を入れ、現場でも実践してきました。こうした経験を積んだ第二内科の医師が、わが国全体の感染制御のニーズに合致し、長崎大学出身の多くの医師が各地の大学病院や地域中核病院の要職に就くようになりました。第二内科出身の大学教授は、これまでに37人に上り、「第二内科は日本の感染症診療のメッカ」(河野理事)となっています。

 長崎大学病院は、長崎県全体の基幹病院としての役割を果たしています。第二内科も多くの関連病院に医師を派遣し、感染症の診療を支えています。こうした人脈を通じて、関連病院で抗菌薬の適正な使い方を広めると同時に、長崎大学病院の感染制御教育センターとともに病院の環境を整える活動を活発に進めています。

 河野理事は「病院内で耐性菌が出て、それが患者さんに感染するようなことが起これば、その病院は信用を失ってしまう。安全で安心な医療を行うために、感染制御という考え方とその実践はとても大切なこと。地味な活動だが、それが地域の医療水準を引き上げ、県民の安心につながる」と強調します。感染症になってから抗菌薬で治療するのではなく、感染症にならないための地道な努力を続けています。



この内容は、感染症ニュース 第2号(2016年1月発行)に掲載しています。