2016年5月


小児感染症学分野の橋爪真弘教授

気候変動と熱帯地域の子どもの病気との関連を解明

 熱帯医学研究所小児感染症学分野では、「環境」をキーワードに、熱帯地域での健康問題や感染症について研究を行っています。特に、体力や栄養が十分でない子どもたちの健康に焦点を当て、下痢症や急性呼吸器感染症、デング熱、マラリアをはじめとする熱帯感染症がどのような影響を及ぼしているのか、疫学研究を進めてきました。疫学研究とは、ある地域や集団のなかで、健康面でどのような問題が発生しているのか、その原因は何かなどを探る研究です。

ベトナムやバングラデシュで
子どもの感染症や下痢症を研究

 例えばベトナムでは、2006年からベトナム国立衛生疫学研究所と共同で、小児急性呼吸器感染症や下痢症、デング熱の疫学研究を行っています。子どもの感染症データベースをつくり、①幼児が下痢症になるリスクと家畜所有との関連、②RSウイルスが子どもの気管支炎や肺炎の主な原因となっていて、他のウイルス性感染症と重なると、より重症になること、③2009年のインフルエンザの大流行による子どもの肺炎の発症と重症度に対する影響―などを明らかにしました。これらの研究のいくつかは、長崎大学医学部小児科学講座と共同で進めています。

 また、気候変動と子どもの感染症の流行についても世界各地で研究しています。バングラデシュでは気候変動の影響から大洪水が頻繁に起こっており、コレラ患者が6倍も増えたことがデータ解析の結果わかりました。そこで子どもの下痢症患者の数と気候変動について解析したところ、コレラの流行と「インド洋ダイポール現象」と呼ばれるインド洋の大気と海洋の相互作用との関連性を見出しました。また熱研の病害動物学教室との共同研究では、1990年代にケニアの高地でマラリアの大流行が繰り返された原因を探り、マラリア患者数とインド洋ダイポール現象が関連することも明らかにしました。

人間の死亡の約8%に気温が影響
13カ国7400万人のデータを解析

 このように、環境と感染症に関するデータを集めて分析すると、新たな事実がいろいろわかってきます。ロンドン大学など世界12カ国の大学・研究機関と共同で行った、気候変動と人間の健康との関連を調べた研究は、日本や中国、韓国、台湾、タイ、米国、カナダ、英国、イタリア、スペイン、スウェーデン、オーストラリア、ブラジルの13カ国・地域で1985~2012年に亡くなった約7400万人のデータを分析したものです。

 その結果、死亡した人の7.7%に当たる約572万人に気温が影響していることを突き止めました。日本では死亡者の10.1%が気温の影響を受けていました。気温の変化によって、心臓や呼吸器疾患が悪化したり、熱中症を発症したりして、死に至るのです。

 この研究が始まるまでは、多くの研究者が暑さによって健康が損われると予想していました。しかし実際には、熱中症など高温によって死亡する人は0.3%程度に過ぎず、それよりも各地域で最も死亡が少ない気温(至適気温)を下回る気温で死亡した人が540万人と9割以上に達していました。

 環境と人間の健康を大きな目でとらえると、環境の変化に対応して、健康を維持・増進するための対策を講じることができます。子どもたちの健康を守るために、これからも、世界的な広い視野を持った疫学研究を進めます。



この内容は、感染症ニュース 第6号(2016年5月発行)に掲載しています。