1987年にアフリカから帰国した日本人が発症しましたが、当時、日本では、病原体の診断体制が確立していなかったために、米国に検査のための検体が送られました。
 米国での検査では、検体からウイルスは分離されませんでしたが、実施可能な検査から最終的にラッサ熱であると判断されたようです。