RESEARCH研究内容

私たちの研究室では、人に重篤な疾患を引き起こすウイルス性人獣共通感染症を対象に、主にベクター媒介性のフラビウイルス感染症やナイロウイルス感染症についての基礎研究と疫学研究を実施しています。

基礎研究では、ウイルス感染モデル動物から電子顕微鏡を用いた細胞の解析まで、マクロからミクロの視点で、ウイルスの動態や病態発症の分子メカニズムの解明するための研究を行っています。
疫学研究では、主に野生動物やマダニ等の節足動物を対象としたフィールド調査を行い、ウイルスの伝播経路や生態の解明するための研究を行っています。

これら分子―個体―生態レベルの研究を、人、動物、そして環境(生態系)を一体として捉える「One Health」の観点から進める事により、ウイルス性人獣共通感染症の制御を目指します。

フラビウイルス感染症

フラビウイルス科フラビウイルス属のウイルスが原因となる感染症で、ダニ媒介性脳炎日本脳炎、ウエストナイル熱/脳炎、デング熱、黄熱病など、ヒトに対して重篤な病気を引き起こす人獣共通感染症が多く含まれます。

フラビウイルスは、自然界では蚊やダニなどの節足動物がウイルスの伝播に重要な役割を果たすことが特徴であり、ヒトや動物はウイルス保有節足動物の吸血により感染します。

ナイロウイルス感染症

ナイロウイルス科ナイロウイルス属に属するウイルスが原因となる感染症で、多くのウイルスがマダニによって媒介されており、クリミアコンゴ出血熱に代表されるように、人や動物に出血熱性の重篤な病気を引き起こす人獣共通感染症が含まれています。

1.宿主におけるウイルスの増殖機構に関する研究

節足動物が媒介するウイルスは、ダニや蚊といった無脊椎動物から哺乳類や鳥類などの脊椎動物へと大きな「種の壁」を越えて感染していきます。各宿主は、それぞれウイルス等の感染・増殖に対抗するための独自の抗ウイルス機構を備えていますが、ウイルスはこのような抗ウイルス機構を乗り越えて各宿主環境内で増殖するためのメカニズムを持つように適応・進化してきました。

私たちは宿主におけるウイルス増殖機構を明らかにするため、各種フラビウイルスやナイロウイルスについてウイルス遺伝子に任意の変異を導入し解析することが可能なリバースジェネティクス系等を構築し、種々の研究を行ってきました。

・フラビウイルスのウイルス遺伝子のノンコードRNA領域が、節足動物から哺乳動物への感染時のウイルスの適応に関与しており、各宿主中のRNA代謝等に関与する宿主蛋白と相互作用することによって、宿主の抗ウイルス機構を回避している可能性を示した。(図参照)

2.ウイルスの病原性発現機構に関する研究

ウイルスが人や動物に感染した際には、ウイルスは宿主の生理機構を撹乱していく事で病原性を発現していきますが、その詳細なメカニズムについては未だ不明な点が多いです。私達は、脳炎を起こすウイルスを中心に、自然界で分離された病原性の異なる様々なウイルスの比較解析などを行うことによって、病原性の発現に関わるウイルス遺伝子やタンパク質を同定し、それらがどのように機能することによって病気を引き起こしていくかという点についての研究を行い、様々な新規知見を明らかにしてきました。

・脳内の神経細胞において、ダニが媒介性するフラビウイルスは、神経細胞が持つ特徴的なRNA輸送・翻訳機構をハイジャックしており、これにより脳内の情報伝達機構を撹乱がおこって、様々な神経系症状が引き起こされている事が明らかにした。(図参照)

3. ウイルス感染に対する治療法の開発

上に挙げた、ウイルスの増殖機構や病原性発現に関する研究成果をもとに、ウイルス感染に対する治療法を開発していくため、国内外の研究機関と連携しながら様々な抗ウイルス分子に関する研究を行っています。

・ダニ媒介性脳炎ウイルスに対する中和抗体のウイルス粒子への結合や、ヌクレオシド系阻害剤のウイルスRNAポリメラーゼへの結合について、構造学的な解析から作用機序を明らかにし、抗ウイルス化合物としての有効性を明らかにした。(図参照)

4.疫学的研究によるウイルスの生態や流行状況の解明

ダニ媒介性脳炎ウイルスやウエストナイルウイルス、クリミアコンゴ出血熱ウイルスなどは病原性が高く、取り扱いにはBSL-3以上の実験施設が必要となり、多くの研究・検査機関において診断が実施できない状況があります。

私たちは、分子生物学的技術を用いて、ウイルス粒子を模した感染性を持たない人工の粒子(ウイルス様粒子)等の安全な診断用抗原を作製し、ウイルス特異的抗体を検出する新しい安全な診断法を開発してきました。(Inagaki E et al., Ticks Tic Borne Dis, 2016)。

このように開発した診断法をもとに、ダニ媒介性脳炎ウイルス等の節足動物媒介性ウイルスを中心に、国内および海外において様々な動物やマダニの検体を採集してウイルスの保有状況の調査を行うとともに、医師や獣医師、および検査機関等とも連携をしながら診断体制を確立し、感染状況の詳細を明らかにするための研究を進めています。

これまでの調査から、北海道の広い地域にかけてダニ媒介性脳炎ウイルスの流行巣が存在することが明らかになってきており、北海道以外でも西日本地域を中心に流行巣の存在の可能性が示されています。(図参照)