Q.バイオセーフティレベル(BSL)とは何ですか。
A.BSLとは、微生物・病原体等を取り扱う実験室・施設の安全管理の厳格さを示す指標であり、病原体のリスクの大きさにより、その病原体を取り扱う実験室のBSLが定められます。BSLは4段階に分かれており、数字が大きいほど厳格になります。BSL-1および2は病原体封じ込めの基本的な措置であり、BSL-4が最高レベルの安全管理措置となります。BSL-4実験室で取り扱うことができる病原体にはエボラウイルスやラッサウイルスなどがあります。
Q.BSL-4施設は、世界でどのくらい稼働しているのですか。
A.BSL-4施設は稼働中および稼働予定のものが、世界20カ国54カ所以上に設置されています*。アジアでも、インド、台湾、中国、韓国にあります。また、米国、ドイツ、イタリアなどでは、大学のキャンパス内に設置されている施設もあります。現在も世界各地で新たなBSL-4施設が計画・建設されており、近年新設されているBSL-4施設は、ほとんどがスーツ型実験室です。
*ウイルス 第72巻 第2号、pp139-148, 2022
Q. BSL-4実験室にはスーツ(陽圧防護服)型以外にどのような種類がありますか。
A.BSL-4実験室はグローブボックス型とスーツ(陽圧防護服)型の2種類があります。グローブボックスはゴム製グローブを介して内部に手を入れてサンプルを取り扱う密閉ボックスのことで、クラスIIIキャビネットとも呼ばれます。グローブボックス型実験室では病原体はグローブボックスの中で封じ込められます。スーツ型実験室では、実験者は高気密の陽圧防護服を着用し、前面が開放されている作業台(クラスIIキャビネット)の中で実験作業を行います。実験室は、高度な気密構造や退出時用薬液シャワー等を備えることが求められ、病原体はクラスIIキャビネットだけでなく実験室自体でも封じ込められます。
Q.BSL-4施設は、日本で稼働しているのですか。
A.国立感染症研究所の村山庁舎(東京都武蔵村山市)に、感染症の診断を主な目的としたBSL-4施設があり、平成27年8月に感染症法に基づき、厚生労働省よりBSL-4施設(法令用語では「特定一種病原体等所持施設」)として指定され、令和元年7月には特定一種病原体等の輸入に関する指定もなされた上で、現在稼動しています。既に稼働しているBSL-4施設としてはこれが唯一の例です。
Q.長崎大学では、BSL-4施設をどのような目的で使用する考えですか。
A.BSL-4病原体による感染症に対する診断技術や治療法の開発、病気が起こるメカニズムを明らかにするための研究などを行います。感染症の制圧に取り組む研究者の育成も重要な目的です。また将来的には、BSL-4病原体に感染が疑われる患者の検体の検査も実施することを考えています。
Q.現時点で長崎大学のBSL-4施設は稼働しているのですか。
A.現時点においてBSL-4施設は特定一種病原体等を所持しておりません。現在は特定一種病原体等を用いた研究開発への準備として、BSL-3以下の病原体を用いた研究開発等を行っている段階にあります。
Q.特定一種病原体等を所持するまでの間にBSL-3やBSL-2の病原体を用いた実験を行うとありますが、その意義は何ですか。
A.ここで実験の対象とするBSL-3以下の病原体はBSL-4ウイルスに性質がよく似ているもの等を用います。例えば細胞の中にどのように侵入し、どういう仕組みで増えていき、ヒトの免疫の働きがそこにどう関わっていくのか等の性質が似ているということです。また、BSL-3以下の病原体を解析する過程で機器の使用方法、使用手順に慣れるという意味もあります。このようにBSL-3やBSL-2の病原体を用いた実験から開始することは、BSL-4ウイルスを取り扱う前の準備として非常に重要です。
Q.BSL-4施設への入退室管理はどのようになされますか。
A. BSL-4施設への入退室は厳重に管理されます。施設はセキュリティカードを含めた多重の個人認証システムを導入しており、監視カメラ、入退室記録システムなども備え、許可された者以外は入ることができません。
Q.実験に使用するウイルスが盗まれたり、奪われたりする心配はないのでしょうか。
A.BSL-4施設には事前に登録・承認された者以外は立ち入れない規則となっており、BSL-4実験室の入退室は厳重に管理されます(前Qのとおり)。また、複数の研究者が同時に作業を行うことで、ウイルスの取り扱いについて互いを監視し合うことにもなっています。さらに、実験室内外の様子は常に監視カメラ等で監視します。また、不審者などに備えて警察等との訓練を定期的に実施する予定です。
Q.実験者がウイルスに感染する危険はないのでしょうか。
A.実験時には、実験者は陽圧防護服(実験用のスーツ)を着用するため実験室内の環境と完全に遮断されています。また、実験室内では鋭利な器具を極力使用しないなど、実験者の安全に配慮した運用がなされます。設備面・運用面双方で実験者の感染リスクが限りなく低くなるように対策がとられています。
Q.BSL-4実験室内の空気中のウイルスが外に出てしまう心配はないのでしょうか。
A.BSL-4施設は、建物の中に、密閉されたBSL-4実験室を設置する構造をとっています。実験室は外部より低い気圧に保たれ、実験室内の空気は室外に流れ出ない設計になっています。実験室からの排気は、二重の高性能 (HEPA; High Efficiency Particulate Air) フィルターで微細な粒子まで取り除いた後に外部に排出されます。
Q.ウイルスがBSL-4実験室からの排水に混じって外に出てしまう心配はないのでしょうか。
A.BSL-4施設では、実験室区域からの排水は全て、高圧蒸気滅菌し、更に薬剤で化学的に消毒します。この処理により、排水に含まれるウイルスを完全に不活化(死滅)させることができます。
Q.ウイルスが実験者に付着して外に出てしまうことはないのでしょうか。
A.実験者が実験室から退出する際には、消毒剤のシャワーで実験室用のスーツ(陽圧防護服)を除染します。この段階で、仮にウイルスがスーツに付着していても不活化(死滅)させることができます。
Q.自然災害などによる停電に備えて、非常用電源を用意すべきではないでしょうか。
A.水害も含めた自然災害などによる停電に備えて、BSL-4施設には非常用電源が設置されています。また、非常用電源は施設の病原体封じ込めに係る設備を正常に維持できる容量があり、1台が故障しても稼働できるよう多重化されています。
Q.ヒューマンエラーが起きる可能性をなるべく小さくするためにどのような措置が取られていますか。
A.長崎大学は教育訓練を受講する等安全管理規則により規定される条件を満たした者にBSL-4実験室への立ち入りを認めています。また、BSL-4実験室には常時2名以上が入室し互いの行動をチェックできること、実験時間を1日6時間以内に制限し過度に疲労しないことなど、ヒューマンエラーの予防措置に万全を期しています。さらに実験室内作業に係る手順の作成と定期的な見直し、定期的な訓練を行うことでヒューマンエラーの防止を図っています。
Q.感染した実験動物が逃げ出す心配はないのでしょうか。
A.実験動物は密閉された個別換気式アイソレーターで飼育されます。さらに、飼育室から実験室区域の出口まで進むには複数の部屋を通って行く必要があり、部屋の前後の扉は同時に開かない構造になっていますので動物の逃亡には何重ものシステムで防止策がとられています。
Q.BSL-4施設のインターネットに対する情報セキュリティ対策はどのようにしているのですか。
A.BSL-4施設内のネットワークは、一般インターネットから分離された建物内専用の閉鎖系ネットワークを使用しています。また、電子機器等の施設内への持ち込みは厳しく制限する等対応しています。
Q.陽圧防護服の重量はどれぐらいですか
A.約7kgです(サイズにより異なります)。
Q.陽圧防護服の陽圧とはどういう意味ですか。また、陽圧防護服により作業者が守られる仕組みについて教えて下さい。
A.陽圧とは陽圧防護服の内部の気圧が防護服外部の気圧よりも高い(=プラスである)ことを意味しています。陽圧防護服は隙間のない密閉構造をしており、作業者は実験室環境から物理的に遮断することで作業者を病原体から守ります。陽圧であることにより、万一、防護服に隙間が生じても実験室内の空気が防護服内部に入らないよう押し出すことができます。これにより、作業者は実験室内空気中の病原体に触れることなく活動ができます。
Q.陽圧防護服の色はなぜ黄色なのですか。
A.実験ではウイルス等が含まれた培養液(赤色)や血液を取り扱う場合がありますが、ウイルスを含むそれらの液が防護服に付着した際には容易に視認できる必要があります。それらの液の色と比較的コントラストの高い色として防護服の色を黄色としています。
Q.BSL-4施設の構造、建築面積、延面積を教えて下さい。
A.構造は鉄筋コンクリート造、一部 鉄骨鉄筋コンクリート造です。建築面積は約1,300平米、延面積は約5,100平米となります。
Q.本格稼働した後にBSL-4施設ではどのような研究を行う予定ですか。
A.世界的に研究が進んでいない致死性の高い感染症や新興感染症に対する研究開発の進展、また特定一種病原体等に関する研究において世界トップレベルの成果の創出を目的として、エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱等の感染・発症のメカニズムの解析や、治療薬及びワクチンの開発、今後発見される未知の感染症への対応等の研究を実施する予定です。
また、上記の研究を通じて、特定一種病原体等を取り扱うことができる人材の育成も行う予定です。具体的には研究者や施設の維持管理に携わる者等を対象とした我が国初の陽圧防護服型BSL-4施設使用に係る体系化した教育訓練プログラムを確立し、特定一種病原体等を安全に取り扱うための豊富な知識と経験を有する人材を育成することを目指します。
Q.なぜエボラウイルスなどの特定一種病原体等の研究を行う必要があるのですか。
A.気候変動等による感染症流行地の拡大や、国際交流の活発化による国際流動性の高まりを考慮すると、我が国の安全安心を確保するためにも、世界で流行している感染症への対応が非常に重要と考えています。
例えば、エボラ出血熱の治療薬やワクチンの開発研究が、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行において直ちに活用できたことが、パンデミック対策への大きな力となりました。
具体的には、エボラ出血熱の治療薬であるレムデシビルが(早期に投与開始する限り)新型コロナウイルス感染症に対する非常に有効な抗ウイルス薬として活躍し、また新規モダリティの研究が既に進められていたため、迅速な新型コロナワクチンの開発及びその実用化に貢献しました。
このようにエボラウイルス等の研究は、他の感染症等への対策としても大いに期待できるため、BSL-4施設を用いた特定一種病原体等の研究を行うことは重要であると考えています。
Q.長崎大学には感染症研究に係るこれまでの蓄積、ポテンシャルがあるのでしょうか。
A.長崎は江戸時代から世界に開かれた国際都市として機能してきました。一方で、出島を経て外国からもたらされるコレラ、麻疹、天然痘、インフルエンザなど当時の新興感染症による被害も真っ先に受けてきました。1857年に創立された長崎医学伝習所(後に小島養生所:現長崎大学医学部)でも、コレラなど感染症の治療や予防が、その教育・医療活動の重要な部分を占めていました。この感染症研究は、現在では、長崎大学医学部や長崎大学熱帯医学研究所に引き継がれています。このように長崎大学には、日本だけでなく世界の感染症研究の拠点として、診断や治療、予防法の研究と教育活動の長年にわたる蓄積、ポテンシャルがあると考えています。
Q.新型コロナ対策に長崎大学の感染症研究のポテンシャルが活かされた例はありますか。
A.長崎大学は遺伝子増幅法である蛍光LAMP法を用いた新型コロナウイルスの迅速検査システムを開発しました。本検査システムは、患者から新型コロナウイルス遺伝子を短時間で検出でき、また本システムで用いる装置は、軽量かつコンパクトであるとともに操作性も優れており、医療機関内だけでなく、感染の現場に持ち出しての使用も可能です。
Q.BSL-4実験室は高気密で陰圧制御されているとのことですが、陰圧とはどういう意味ですか。また、陰圧制御により病原体の漏出を防ぐ仕組みについて教えて下さい。
A.陰圧とは実験室内部の気圧が実験室外部の気圧よりも低い(=マイナスである)ことを意味しています。実験室は壁厚なコンクリートで建築され、特殊なシーリング加工等が施されており、極めて高い気密性を有しており、実験室内の空気が外部に漏れることを防いでいます。また、実験室に備わる換気システムにより、室内の空気は常時清浄な空気に入れ替わり、実験室からの排気はHEPAフィルターで清浄化して排出されます。これにより実験室内の空気およびそれに含まれる病原体が実験室内から外に漏出することを防ぐことができます。
Q.仮に未知の感染症が発生した場合、その対応にもBSL-4施設は必要となるのですか。
A.未知の感染症が発生した場合、その病原体の性状が不明であることから、市中における感染症の発生状況(伝播性、重篤さなど)や類似病原体の性状などから実験室でその病原体を取り扱うリスク評価を行います。その結果、実験室での封じ込めの必要性と作業者の安全を確保するために最高レベルの安全管理が必要だと判断された場合、BSL-4施設で取り扱う必要が出てきます。従って、新たに発生するかもしれない未知の感染症(これを“Disease-X”と呼称する場合もあります)に対応する上でもBSL-4施設は必要です。
Q.特定一種病原体等は、いつ、何を搬入予定ですか。
A.特定一種病原体等を実際に施設に搬入できるまでには、既に病原体を保持・管理している搬入元との調整、運搬の手配等に加え、更には厚生労働大臣による搬入のための指定又は承認が必要となることから、相当の時間を要するものと考えます。搬入の時期や病原体等について、具体的に予見できるところではありません。
Q.特定一種病原体等が搬入されるに当たっては、どのようにして運搬されるのですか。
A.特定一種病原体等を運搬するに当たっては、感染症法に則り、専門の知見、技術を有する運搬業者に委託し、公安委員会の管理の下に行うこととなります。
Q.実験中に実験者の体調が悪くなったらどうするのですか。
A.BSL-4実験室に入室する場合は複数名で入室し互いの実験をサポートするとともに、監視カメラ等で常に実験室内を監視しており、緊急時にはすぐに対応できるようにしています。作業者は、そのような場合に備えた非常時対応訓練も実施しています。また、同じ大学内の第一種感染症指定医療機関である長崎大学病院と連携して搬送訓練を実施したり、BSL-4施設に出入りするスタッフはAED講習や心肺蘇生法を受講する予定である等緊急時に備えています。