世界的な問題となっている新興感染症

 新しい感染症が次々に現れ世界的な問題となっています。1980年に世界保健機関(WHO)が天然痘の根絶を宣言した翌年にエイズが出現。その後も、1998年にマレーシアでニパウイルス感染症、2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)、2003年以降に鳥インフルエンザのヒトへの感染がそれぞれ報告されています。ほかにも、アフリカで猛威を振るうエボラ出血熱、ラッサ熱を含め、世界各地で新興感染症が継続的に出現しています。
 一方で、ヒトやモノの移動が活発化し、経済・社会のグローバル化が進む現在では、海外で発生した感染症が日本に侵入する可能性が高まっています。実際に日本でも、SARSや2009年の新型インフルエンザの世界的流行は、一地域における小さな感染が短期間に地球的規模で広がるリスクを現実に示しました。


新興感染症への対応と日本の現状

 こうした新興感染症が発生した場合には、どんな病原体が原因なのかを迅速に突き止め、感染した患者さんの治療方法を考えると同時に、それ以上、感染が広がらないようにするために、その病原体に対するワクチンを開発するなどの対策を立てる必要があります。そのためには、生きた病原体を用いて研究する必要があります。
 ところが、エボラ出血熱のような感染症が日本で発症しても、現在は、病原体を安全に取り扱うための施設がなく確実な診断ができません。SARSやニパウイルス感染症が最初に出現した際、日本では未知の感染症であり病原体の解明さえできませんでしたが、今もその状態が続いています。
 病原体を実験室から外に逃がさず安全に取り扱うことができる施設は、専門的には「高度安全実験施設(以下BSL-4施設と標記します)」と呼ばれています。ヨーロッパではイギリス、フランス、ドイツ、スイス、スウェーデン、チェコ、イタリア、ルーマニア、オランダ、ハンガリー、ロシア、ベラルーシで24のBSL-4施設があります。また米国やカナダでは16のBSL-4施設、アジア・アフリカ・オセアニア・南アメリカでは、中国、インド、韓国、台湾、シンガポール、南アフリカ、ガボン、オーストラリア、アルゼンチンに19のBSL-4施設が設置されており、新たに数ヶ所での建設が進んでいます。世界全体では24カ国・地域、59施設以上(2017年12月長崎大学調べ)に設置され、BSL-4病原体が引き起こす感染症の確定診断や治療法、ワクチンや治療薬の開発などに使用されています。
 一方、日本では1981年に、国立感染症研究所の村山庁舎(武蔵村山市)に、BSL-4病原体に対応できる施設を建設しましたが、住民の中に反対があることを踏まえ、BSL-4施設としての使用を見合わせていましたが、2015年8月感染症法に基づき、感染症の診断を主な目的として、厚生労働省よりBSL-4施設(法令用語では「特定一種病原体等所持施設」)として指定され、現在稼動しています。 しかし、日本が国民を自らの力で新興感染症から守るには、新しい感染症研究施設の設置が不可欠なのです。
 私たちは、長崎にBSL-4施設を設置し、国民の安全・安心を確保し、健康な毎日を送ることができるようにするため、貢献したいと考えています。

長崎大学の使命

 長崎は江戸時代から世界に開かれた国際都市として機能してきました。一方で、出島を経て外国からもたらされるコレラ、麻疹、天然痘、インフルエンザなど当時の新興感染症による被害も真っ先に受けてきました。1857年に創立された長崎医学伝習所(後に小島養生所:現長崎大学医学部)でも、コレラなど感染症の治療や予防が、その教育・医療活動の重要な部分を占めていました。この感染症研究は、現在では、長崎大学医学部や長崎大学熱帯医学研究所に引き継がれて、日本だけでなく世界の拠点として、診断や治療、予防法の研究と教育活動を展開しており、世界の安全のために多大な貢献をしています。
 これらの研究は国内でも高く評価され、文部科学省の重要研究教育拠点育成事業である「21世紀COEプログラム(2003年度)」、「グローバルCOEプログラム(2008年度)」に採択されてきました。また、世界的にも、1994年にWHOから「熱帯新興ウイルス感染症に関するWHO研究協力センター」の指定を受け、SARSやニパウイルス感染症の流行の防止をはじめ、世界的な貢献を続けています。
 また、長崎大学は2005年にケニアとベトナムに感染症研究拠点を開設し、地球規模での熱帯病・新興感染症の対策と人材育成に取り組んでいます。このような実績や経験を基盤とし、BSL-4病原体を用いる研究を行うことのできる研究者を育成して世界に輩出する教育研究拠点を長崎の地に構築することで、日本のみならずアジアにおける感染症研究の国際拠点となり、多くの若い学生や研究者がこの地に集うことになります。
 また、長崎はこれまでの歴史的経緯もあり、国内有数の国際観光都市として認知されてきています。長崎市でも国際クルーズ船の来航が年々増加し、2017年には104万人以上が訪れるなど、国際交流が一段と活発になっています。一方BSL-4施設で取り扱うことができるクリミア・コンゴ出血熱がアジアの一角まで感染が拡大しているとの研究成果も報告されており、BSL-4病原体の侵入に対して備えることは、国際観光都市として、また住民の安全・安心を確保するうえで重要であると考えております。
 長崎大学は、以上のような世界の状況や本学の実績と経験を踏まえ、日本そして世界の感染症対策に貢献し、いかなる疾病にも対応可能とするために、BSL-4病原体に対応できる安全な施設を用いた研究を開始したいと考えています。

BSL-4施設の立地

 BSL-4施設の立地としては、BSL-4施設を万全な安全対策で運用し、かつ施設の機能を十分に発揮し優れた研究成果の創出及び人材育成を実践できることが重要であり、本学は、施設設置の候補地について、離島や非市街地を含めて立地の比較検討を行ったうえで、坂本キャンパスは、以下の優れた特性を持っていると考えています。

【施設の安全な運営にとって最も適切な場所である】
地形や気象条件など自然災害リスクが低く、大学本部や警察署、消防署等の重要施設との「連絡線」の安定的な維持に不可欠な道路等、BSL-4 施設の安全な運営に必須のインフラが整備されている。
【BSL-4 施設が機能を発揮できる立地である】
 BSL-4 施設の稼働にあたっては、大量の水、エネルギーが必要となるが、坂本キャンパスにおいては、上下水道、電気、ガスなどの安定したインフラの供給が可能であり、研究用資材の入手や機器のメンテナンス・修理が容易である。
 また、坂本キャンパスには、感染症の専門家が 150 人程度在籍し、感染症以外の基礎医学、保健学等の関連学問領域の専門家も多数集積することから、研究交流が活発であるとともに、大型解析装置や共同実験施設・設備の活用が容易であり、イノベーションを育む環境にある。
【大学病院に「第一種感染症病床」がある】
坂本キャンパスは大学病院とも隣接するため、施設における感染症に関する検査の機能と連携して、患者発生の緊急時対応も行いやすく、地域の感染拡大防止に貢献することができる。

設置の経緯

2010年 5月
BSL-4施設設置の検討を開始することを学長メッセージとして公表
2014年 1月 北海道大学,東北大学,東京大学,東京医科歯科大学,大阪大学,神戸大学,九州大学,長崎大学,慶應義塾大学等の国内の感染症研究機関で感染症研究コンソーシアムを設立、同コンソーシアムで長崎大学をBSL-4施設の設置候補とすることを決定
2014年12月 長崎大学から提出した長崎市議会への請願、長崎県議会への要望が多数の賛成をもって採択
2015年 2月 有識者会議を開催
2015年 6月 長崎県・長崎市・長崎大学により、感染症研究拠点整備に関する基本協定締結
2015年 7月 有識者会議の論点整理で、BSL-4施設建設予定地として坂本キャンパスを表明
2015年 8月 長崎県・長崎市・長崎大学による感染症研究拠点整備に関する連絡協議会を開催
2016年 2月 関係閣僚会議にて、BSL-4施設を中核とした感染症研究拠点の形成を重点施策に決定、長崎大学が明記される
2016年 5月 地域住民・有識者・行政・長崎大学等による地域連絡協議会を開催
2016年11月 経済・医療14団体から長崎県・長崎市へ早期整備を求める要望書提出
2016年11月 関係閣僚会議にて、長崎大学のBSL-4施設設置計画を、国策として進めることとともに、長崎大学への支援など「国の関与」を決定
2016年11月 長崎県知事・長崎市長が、長崎大学の施設整備計画の事業化に協力することを合意
2016年12月 文部科学省が平成29年度政府予算案における長崎大学のBSL-4施設を中核とする感染症研究拠点の形成に係る予算、約4億円を計上
2017年 2月 坂本キャンパスBSL-4施設建設予定地の地盤調査実施
2017年 3月 国の監理委員会を開催
2017年 7月 専門家会議を開催
2017年 9月 「長崎大学の感染症共同研究拠点の中核となる高度安全実験(BSL-4)施設の基本構想」の取りまとめ公表
2017年12月 文部科学省が平成30年度政府予算案における長崎大学のBSL-4施設を中核とする感染症研究拠点の形成に係る予算、約12.8億円を計上
2018年 8月 ⻑崎⼤学(坂本1)実験棟新営工事にともなう「条例に基づく住民説明会」を開催
2018年11月 経済・医療16団体から長崎大学長へ早期強化に関する要望書提出
2018年12月 文部科学省が平成31年度政府予算案における長崎大学のBSL-4施設を中核とする感染症研究拠点の形成に係る経費、約30.5億円を計上
2018年12月 長崎大学長が12月着工表明
2018年12月 実験棟建設工事を業者と契約 (工事期間は2021年度まで)
2019年 1月 実験棟新営工事の起工式を開催
2019年 1月 実験棟新営工事を開始
2021年 3月 研究棟新営工事を業者と契約し開始