プレスリリース:マダニの唾液はマクロファージ依存性に宿主免疫を抑制する~制御性T細胞の誘導を介したマダニの免疫回避機構の解明に期待~
【ポイント】
・マダニ唾液によるT細胞の免疫抑制がマクロファージ依存的に生じることを発見。
・マダニ唾液がマクロファージを免疫抑制的な表現型に変化させることを証明。
・マダニによる宿主免疫回避機構の解明とダニ媒介感染症制御への応用可能性を示唆。
【概要】
北海道大学大学院獣医学研究院の今内 覚教授、同大学大学院国際感染症学院博士課程の中村隼人氏、長崎大学高度感染症研究センターの好井健太朗教授、リオグランデドスール連邦大学のイタバジャラ ダ シルバ バズ ジュニア教授(ブラジル連邦共和国)らの研究グループは、マダニの一種であるオウシマダニ(Rhipicephalus microplus)の唾液が免疫細胞であるマクロファージの性質を変化させることで、T細胞の働きを抑制する仕組みを明らかにしました。
オウシマダニは、主にウシに寄生する一宿主性のマダニであり、亜熱帯及び熱帯地域を中心として世界的に分布しています。吸血による被害に加え、様々な病原体を伝播することから、畜産生産に深刻な被害を与える重要な外部寄生虫として知られています。マダニは吸血の際に唾液中の様々な分子を宿主に注入し、宿主の免疫応答を抑えることで長時間の吸血を可能にしています。このようなマダニ唾液による免疫抑制は以前から知られていましたが、どの免疫細胞がその抑制作用の中心的な役割を担っているのかは十分に解明されていませんでした。
そこで本研究では、マダニ唾液が宿主の免疫系に及ぼす影響を詳細に解析しました。その結果、マダニ唾液はマクロファージの性質を大きく変化させ、炎症性サイトカインの産生や抗原提示機能を低下させる一方で、免疫抑制性サイトカインの発現を誘導することが明らかになりました。さらに、このような免疫抑制型マクロファージ*1は周囲の免疫環境を調節し、T細胞による炎症性サイトカインの産生を抑制するとともに、制御性T細胞*2における免疫抑制性サイトカインの発現を増加させることが示されました。加えて、マクロファージ系細胞を除去するとこれらの免疫抑制効果が消失したことから、マダニ唾液による免疫抑制はマクロファージを中心とした細胞機構によって引き起こされることが明らかとなりました。本研究成果は、マダニが宿主免疫を回避する新たな仕組みを明らかにするものであり、マダニ媒介感染症の制御や新たな免疫制御戦略の開発につながることが期待されます。
なお、本研究成果は、2026年4月30日(木)に国際学術誌Communications Biologyにオンライン掲載される予定です。
【背景】
マダニは脊椎動物に寄生して吸血する外部寄生虫であり、吸血の際に宿主の皮膚へ唾液を分泌します。マダニは宿主に数日から数週間にわたり付着して吸血を続けることが知られており、この長時間の吸血は、唾液中に含まれる様々な生理活性分子によって宿主の免疫応答が抑えられることで成立しています。マダニ唾液には、多様な免疫調節分子が含まれており、咬傷部位での炎症反応や免疫応答を抑制することが知られています。このような免疫抑制は、マダニが長時間にわたり吸血することを可能にするだけでなく、ウイルス、細菌、原虫などのダニ媒介病原体の感染や伝播を助ける重要な要因と考えられています。
これまでの研究から、マダニ唾液は、T細胞における炎症生サイトカイン産生を抑制し、免疫チェックポイント分子の発現を増加させるなど、T細胞による免疫応答に広く影響を及ぼすことが示されています。しかし、これらの免疫抑制がマダニ唾液によってT細胞に直接作用することで生じるのか、あるいはマクロファージなどの自然免疫細胞を介して誘導されるのかについては、これまで十分に明らかになっていませんでした。そこで本研究では、オウシマダニ(Rhipicephalus microplus)の唾液が宿主免疫に与える影響を様々な側面から詳細に解析し、マダニ唾液による免疫抑制がどのような細胞機構によって引き起こされるのかを明らかにすることを目的としました(図1)。
【研究手法】
オウシマダニ由来唾液(図2)及びウシの血液を材料として、免疫学的実験手法を用い、オウシマダニ唾液が宿主免疫に与える影響を解析しました。具体的には、ウシ血液由来の免疫細胞を用いた解析により、オウシマダニ由来唾液がT細胞のサイトカイン産生や活性化に及ぼす影響を評価するとともに、マクロファージ系細胞を除去した条件での比較解析を行うことで、免疫抑制に関与する細胞機構を検討しました。さらに、マクロファージに対する唾液刺激による遺伝子発現及び表現型の変化を解析し、ダニ唾液がマクロファージ機能に与える影響を評価しました。また、マダニが実際に付着した皮膚組織を用いた免疫蛍光解析により、咬傷部位における免疫細胞の局在及び免疫抑制関連分子の発現を観察しました。
【研究成果】
ウシ血液由来の免疫細胞を用いた培養実験において、マダニ唾液を添加するとT細胞の炎症性サイトカインであるTNFやIFN-γの産生が抑えられ、T細胞の免疫応答が抑制されることが確認されました。さらに、ダニ唾液は制御性T細胞による免疫抑制性サイトカインIL-10の産生を有意に促進し、ダニ唾液がT細胞応答を広く抑制する作用を持つことが示されました。次に、この免疫抑制がどの細胞を介して生じるのかを明らかにするため、血液由来の免疫細胞からマクロファージ系細胞(CD14陽性細胞*3)を除去した条件で同様の解析を行いました。その結果、マクロファージ系細胞を除去した条件では、ダニ唾液によるT細胞の炎症性サイトカインであるTNF産生抑制や制御性T細胞の活性化が大きく減弱することが明らかになりました。この結果は、マダニ唾液によるT細胞応答の抑制が、T細胞への直接作用ではなく、マクロファージ系細胞を介して誘導される可能性を示しています。さらに、マクロファージに対する唾液刺激の影響を詳細に解析したところ、TNFの産生が抑制される一方で、免疫抑制性サイトカインであるIL-10やTGF-βの産生が増加することが確認されました。さらに、これらの免疫抑制型マクロファージでは、T細胞への抗原提示に関連するMHCクラスII*4やCD80*5の発現が低下し、T細胞の遊走を誘導するケモカイン*6の産生が減少していることを明らかにしました(図3)。加えて、オウシマダニが実際に付着した皮膚組織を用いた免疫蛍光解析を行ったところ、マダニ咬傷部位周辺にIL-10を産生するマクロファージ及びT細胞が多数存在することが確認されました(図4)。これらの結果は、ダニ咬傷部位における、唾液によるマクロファージを中心とした免疫抑制環境が形成されていることを示しています。
【今後への期待】
本研究により、オウシマダニ唾液による免疫抑制が、マクロファージを介したT細胞応答を抑制する新たな免疫調節機構によって引き起こされる可能性が示されました。これにより、これまで断片的に報告されてきたマダニ唾液による免疫抑制現象について、その細胞レベルでの作用機構の理解が進むと期待されます。マダニ唾液による免疫抑制は、マダニが長時間吸血を続けるための重要な戦略であると同時に、ウイルス、細菌、原虫などのマダニ媒介病原体の感染や伝播を促進する要因とも考えられています。そのため、本研究で明らかになった免疫抑制メカニズムの理解は、マダニ媒介感染症の発症機構の解明にもつながる可能性があります。
【謝辞】
本研究成果の一部は、文部科学省科学研究費助成事業(JP19KK0172、JP22K19232、JP23K23768、JP23KK0124、JP23K23768、JP19K15993、JP22K15005、JP24K01918、JP24KJ0303)、農林水産省委託事業「農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業」、生物系特定産業技術研究支援センター(BRAIN)による地域戦略プロジェクト及びオープンイノベーション研究・実用化推進事業、日本医療研究開発機構(AMED)(26058BC)による研究助成の支援を受けて実施されました。また、本研究の一部は長崎大学高度感染症研究センターの共同研究プログラムの支援を受けて行われました。
【論文情報】
論文名 Tick saliva reprograms macrophages into immunosuppressive hubs that regulate T-cell immunity in Rhipicephalus microplus infestation(オウシマダニ唾液がマクロファージを免疫抑制の中枢へと再プログラムしてT細胞免疫を制御する)
著書名 中村隼人1、岡川朋弘1、2、前川直也1、Luís Fernando Parizi3、池端麻里1、Wisa Tiyamanee1、Shwe Yee Win1、竹内寛人1、前園佳佑4、6、Passawat Thammahakin4、小林進太郎4、6、9、10、福田美津紀5、平野 港5、好井健太朗5、村田史郎1、6、大橋和彦1、6、7、Carlos Logullo8、Itabajara da Silva Vaz Jr3、今内 覚1、6、9、10(1北海道大学大学院獣医学研究院感染症学教室、2株式会社ファスマック、3リオグランデドスール連邦大学、4北海道大学大学院獣医学研究院公衆衛生学教室、5長崎大学感染症高度感染症研究センター、6北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所、7北海道大学大学院獣医学研究院国際交流室、8リオデジャネイロ連邦大学、9北海道大学総合イノベーション創発機構ワクチン研究開発拠点(HU-IVReD)、10北海道大学One Health リサーチセンター)
雑誌名 Communications Biology(生物学分野の国際学術誌)
DOI 10.1038/s42003-026-09981-5
公表日 日本時間2026年4月30日(木)午後6時(英国夏時間2026年4月30日(木)午前10時)(オンライン公開)
【プレスリリース】
https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/guidance/kouhou/press/pdf/1377file1_20260511171048.pdf
【お問い合わせ先】
北海道大学大学院獣医学研究院 教授 今内 覚(こんないさとる)
TEL 011-706-5216 FAX 011-706-5217 メール konnai (at)vetmed.hokudai.ac.jp((at)を@に変換して下さい)
URL https://lab-inf.vetmed.hokudai.ac.jp/
【配信元】
北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092 メール jp-press (at)general.hokudai.ac.jp((at)を@に変換して下さい)
長崎大学広報戦略本部(〒852-8521 長崎市文教町1-14)
TEL 095-819-2007 FAX 095-819-2156 メール kouhou (at)ml.nagasaki-u.ac.jp((at)を@に変換して下さい)
【参考図】




【用語解説】
*1 免疫抑制型マクロファージ … 免疫応答を抑制する性質を持つマクロファージ。免疫抑制性サイトカイン(IL-10など)を産生し、免疫反応を弱める働きを持つ。M2マクロファージとも呼ばれる。
*2 制御性T細胞 … 免疫反応が過剰にならないように抑える働きを持つT細胞の一種。免疫寛容の維持に重要な役割を果たす。制御性T細胞を発見した坂口志文先生らが2025年のノーベル生理学・医学賞を受賞された。
*3 CD14陽性細胞 … 細胞表面にCD14という分子を発現する免疫細胞で、主に単球やマクロファージを指す。
*4 MHCクラスII(主要組織適合遺伝子複合体クラスII) … 免疫細胞の一部(マクロファージや樹状細胞など)の表面に発現する分子で、体内に侵入した病原体の断片(抗原)を提示し、CD4⁺T細胞に情報を伝えて免疫応答を誘導する役割を持つ。
*5 CD80 … 抗原提示細胞(マクロファージや樹状細胞など)の表面に発現する共刺激分子で、T細胞上のCD28などと結合することでT細胞の活性化を促進する役割を持つ。
*6 ケモカイン … 疫細胞の移動や集積を誘導するシグナル分子で、炎症部位への免疫細胞の誘導に重要な役割を持つ。

